2012年8月21日火曜日

夏の思い出

デフレのまっただ中.
経済の縮小が現在進行中のご時世だからなのか.
仕事がらみの苦労は耐えることがなくて,
確実に心が疲弊しているのをこの頃感じていた.

リスクを承知でチャレンジしなければならないことの連続が,
押し殺そうとしても消えない不安を心に蓄積させてしまったのだと思っている.

不安が募っていくうちに,あれやこれやと背負わなくてもいいものを
背負い込んだつもりになって空回りしてしまう悪循環があることにも
気づいているのだけど,思うように舵を切れないでいた.

このままでは長くは持たないなあと危険を感じる部分があって
夏休み前に仲間内にSOSを発信することにした.
考えてみると自分のテリトリーと感じている領域について,
ヘルプを発信したことはこれまで滅多になかったんじゃなかろうか.
SOSを送って重荷を共に担いでくれる存在がいて,
実際に自分の心が軽くなっていくのを体験すると,
仲間の存在というのはありがたいものだと
今更ながらに感謝したりしているのである.

そんな状況もあって,今年の会社の夏休みは,
仕事をすっぱり忘れてやろうと腹に決めて,
思考を停止しぼーっと過ごしてみることにした.

とはいえ,ちびっ子達がいるので自分の好きに時間を過ごせるということもなく
ちびっ子達が期待している夏らしい過ごし方も考えねばならない.
そこで,あれこれと考えた末,2日ばかり秋田の海へ繰り出すことにした.

8月14日の午後1時,私達家族は男鹿半島の鵜ノ崎海岸にいた.
日本の渚100選に選ばれているというだけあると感心した.

50cm~100cm程度の遠浅の海に,ところどころ岩肌が顔を出していて
磯遊びにはこれ以上のところはないと思える素晴らしいところであり,
私はシュノーケルをつけて眼前を横切る小魚をながめながら,
時々,ちびっ子達が溺れていないか気を配りながら,
無心でプカプカと浮かび続けたりしていた.

2日目の午前中も同じように鵜ノ崎海岸でプカプカ浮かんでいたら,
急に雨が降ってきたので,40kmほど先の入道岬まで海岸線沿いの
道をドライブがてら車で移動した.

入道崎の切り立った崖の上から果てのない海の向こうを眺めていると,
自分のちっぽけな存在に自ずから気付かされるようで,
くよくよしていることが,どうでもよいような感じがしてきた.
ちびっ子らは,草むらに飛び跳ねるトノサマバッタを追いかけるのに夢中.
子供のときの一途な気持ちを今 取り戻せば,幸せになるんじゃないだろうか.
車に戻る途中,草むらでカマキリを見つけて息子はゴキゲンであった.


入道崎をあとにして,男鹿水族館を閉館18:00ギリギリまで鑑賞.
盛岡まで約170キロを走り,家に帰ってきた.
思い出の男鹿半島.海が恋しい.今年の夏の思い出である.

2012年8月3日金曜日

影響力

この頃,以前にも増して人と合う機会が増えた.

わかってはいるつもりだったのだけど,
世の中には実に色々な人がいるということを
つくづく実感させられることばかり.

人にお会いして,後からその人のことを色々と
考えさせられるということは,その人は
自分に対する影響力があったといえるだろう.

昨日,お会いした方は,そういう方だった.

詳しくは書けないことなのだけど,その方との
会話の間に私は頭に血がのぼってきて,
私は興奮していた.

なぜ冷静になれなかったのか?
今の私は,確かに恥ずかしさを覚えている.

その時間が自分にとって,周囲の人にとって
どういう意味があったのか,
恥ずかしい気持ちを追いやろうと,
後になってから あれこれと考えてしまう自分がいる.

「短気は損気」という言葉が自動的に浮かんでくる.
まさにそのとおりだ.

過去を振り返ると恥ずかしいことばかりだけど,
またほろ苦い記憶が1つ増えてしまった.