ケータイからポストできるのかをテストしてみる。
2012年1月1日日曜日
片手入力bluetoothキーボードに再チャレンジする
気がつけば2012年1月1日は,あと1時間ちょっとで終わろうとしている.
今年は何か目標を設定しようかと元旦ぐらいは,前向きになってみようと思うのだが,身の丈にあった現実的な目標は,なかなか思いつかないものだ.
いつまで続けられるか分かんないが,このブログを書き続けてみるのもいいかと思えば,早速明日,書かないことになるかもしれないと思えば気持ちはとたんに萎えてくる.
この休み中,棚を整理していたら4~5年前に買ったFrogPadという片手入力用に設計されたキーボードを見つけた.
寝ながらパソコンをやる時にノートパソコンを腹の上に載せ,キーボードを叩こうとすると,どうしてもぎこちなくなる.
そこで良いものはないかと探して見つけたのが,FrogPadであった.
右手用と左手用があり,私は右手にマウスを握り左手にキーボードを握りつつ,気持よく寝そべりながらパソコンをやることをイメージして,左手用を買った.
私のかったFrogPadは,リチウムイオン電池を内蔵していて,インターフェースはBlueToothワイヤレス接続である.
充電は,USBミニジャックを接続して,PCやACアダプタから行うようになっている.
4~5年前に買ったと書いたが,もっと前だったような気もする.
ちなみにFrogPadで検索したら,今もこの会社は存在するようで,もっと薄いタイプの製品がHPに掲載されており,iPadとの連携などを紹介していた.
FrogPadを買ってしばらく使っていたが,寝そべりながら気持よく使うには,かなりの鍛錬が必要だとわかり,私はガックリとした.
楽するために買ったのに寝ながら苦労するのは本末転倒であり,結局今まで放置することとなった.
このキーボードと戯れていたらカミサンに見つかって,「ああ あの片手でできるとかいって,すぐほうりなげてたやつね」と容赦なかった.
掃除して久しぶりに目にしたFrogPadは,なんとなく魅力的に思え,手にとって,それからホコリを払って,汚れを拭いた.
写真は,私のFrogPadを撮影したものである.
クリーム色の筐体は,表面が少し黄ばんでいるのだが,白熱電球の下で撮ったのでよく見えない.
背面のシールには,シリアル番号らしき数字が見え「312」とある.
案外,私は早い時期に飛びついたのかも知れない.
このキーボードは,左手用で片手のみでフルキーボードと同等の入力ができることになっている.
両手分の役割を片手でやるので,五本指で押せる範囲しかボタンが付いてない.
足りない分は,キーの同時押しの組み合わせパターンで補う仕組みになっている.
この忘れ去ってたFrogPadを棚から見つけたのが3日くらい前のことなのだけれど,それから暇さえあれば,ネットのキーボード練習サイトをつかって,FrogPadの練習をした.
なるほどタイピングというサイトは,インターフェースも見やすくて気に入っている.
ここのサイトの都道府県名を使った練習メニューを使い,私がフルキーボード入力した場合と,FrogPad左手用を使った場合の成績を比較してみた.次の通りである.
|
|
フルキーボード
|
FrogPad左手用
|
比率(full/FrogPad)
|
|
入力時間
|
112秒
|
206秒
|
1.84倍
|
|
タイプ数
|
476回
|
476回
|
-
|
|
エラー数
|
13回
|
52回
|
4倍
|
平均を取ったり,最も高い成績が出るまで繰り返すことなどはせず,風呂上りに一回づつ測定した結果である.まあ,練習中には,もっと良い成績がでていたような気もする.フルキーボードでは90前後.FrogPadでのベストは192秒ぐらいである.エラー数も高めに出ているかも.長風呂が影響したかも知れない.
とはいえ,普段意識せずキーボードを叩く能力レベルをみる指標としては十分だと思われる.
FrogPadでの入力時間は,フルキーボードの2倍よりは多少早いレベルである.
両手で入力しているのに対して,片手で入力するのだから妥当なところではないか.
エラー数が4倍も多いが,練習すれば減るだろうと見込んでいる.一方,入力速度は,これ以上の向上は見込めないんじゃないかと予想している.
正直に言えばFrogPad左手用の入力は,今はまだ,もどかしい感じがする.
フルキーボードを使うのと同じ姿勢で,勝負してはいけないのかも知れない.
事実,フルキーボードを使うには不便な姿勢では,こいつの方が気持ちよく使える.
買った当初は,諦めたが,今回は少し粘ってみようと思っている.
あと3日ある正月休みのうちに習得して,寝ながら気持よくパソコンやる当初の計画を実現したい.
2011年12月31日土曜日
決まりごと
いよいよ大晦日の夜もふけ2011年が終わろうとしている.
今年はおとなしく紅白を見ているところだが,そういえば紅白を見て過ごした大晦日って過去にあっただろうかと記憶をたどっても,今年ほど腰を据えて紅白を素直に見ている年はないように思う.
歌を聞きながら紅白とは日本の宗教的儀式だと解説した佐藤優氏の一説を思い出した.
要約すると,紅白歌合戦は,一つの時間の区切りの感覚を日本全体で共有する民族的儀式だという.
そもそも年末感と言うか1つの区切りがついて新しい年を迎えるイメージや感覚は,テレビによる影響が大きいのではないか.紅白はその中で一番シンボリックな存在であることには疑いの余地はない.
私は毎年紅白を見て大晦日の夜を過ごすことはワンパターンでつまらないことだと馬鹿にしていた方だが,歳を取ったせいだろうか,それは間違いであったと思いはじめている.
紅白を見ずに大晦日を過ごすほうが,かえって余計にエネルギーと労力を食うような気がしてきた.
抗うことのできない日本人の慣習というものなんだろうか.
あるいは社会との一体感を共有していないことへの恐れなんだろうか.
今,紅白をみながら,漠然とした日本の一体感を感じてホッとしている自分がいるのに気づいている.
このあとゆく年くる年を見て,2011年が終わったことを頭に叩き込むことになるのだ.
2011年の最期の日
久しぶりにbloggerを開いたら,
最後に書いた記事は11月3日となっており
およそ2ヶ月放置していた.
いっその事,やめちゃえばいいのに
2011年最後の日になんか書いてみることにする.
今年は3月11日以降は,時間が止まったみたいな
感覚があって,2011年が今日で終わりだなどとは
にわかに信じがたい心境である.
せっかく慣れてきた2011年や平成23年という
文字と永遠にお別れだとは不思議な感じすらするのだ
今年は,どんな年だったか.
振り返れば,結構色々なことがあった.
そういえば日記を書き始めたのも今年.
中国へ初めて行ったのも今年のことだった.
大学時代の友人と再会したのも今年.
ここには書けないあれやこれや皆今年の出来事ではないか
年をとるたび,行動するまでに時間がかかるようになった.
あれやこれや心配して,だんだんとつまらなくなって
やる気そのものがなくなっていく
行動する前に目的の価値が心のなかですり減っていく.
明日から2012年.平成24年.
なんかいいことがあるような気もするし,
恐ろしいことに出くわすのではないかという不安もある年の瀬.
今できることは,平安を願って祈ることのみ.
最後に書いた記事は11月3日となっており
およそ2ヶ月放置していた.
いっその事,やめちゃえばいいのに
2011年最後の日になんか書いてみることにする.
今年は3月11日以降は,時間が止まったみたいな
感覚があって,2011年が今日で終わりだなどとは
にわかに信じがたい心境である.
せっかく慣れてきた2011年や平成23年という
文字と永遠にお別れだとは不思議な感じすらするのだ
今年は,どんな年だったか.
振り返れば,結構色々なことがあった.
そういえば日記を書き始めたのも今年.
中国へ初めて行ったのも今年のことだった.
大学時代の友人と再会したのも今年.
ここには書けないあれやこれや皆今年の出来事ではないか
年をとるたび,行動するまでに時間がかかるようになった.
あれやこれや心配して,だんだんとつまらなくなって
やる気そのものがなくなっていく
行動する前に目的の価値が心のなかですり減っていく.
明日から2012年.平成24年.
なんかいいことがあるような気もするし,
恐ろしいことに出くわすのではないかという不安もある年の瀬.
今できることは,平安を願って祈ることのみ.
2011年11月3日木曜日
等速直線運動
車に乗って高速道路を走らせていた時,
時速100キロで滑るように走る車の中で
自分が止まっていて,フロントガラスに
投影された風景だけが動いているのを
眺めているような錯覚に陥った.
時速100キロという高速で移動しているのに,
体に加速度を受けなければ,
静止しているのと区別できないことを思ったとたん,
私の思考は,自動的に別のことへ移ろった.
変化のない漫然とした生活を送る者がいたとしたら,
果たして生きていると知覚できているのだろうか.
変化のない生活は,まるで等速直線運動のように
静止した状態との区別を難しくするに違いない.
「生きているのか死んでいるのか?」
「生きている意味はなんだろうか?」
時速100キロで滑るように走る車の中で,
静止した車に乗り,映画を見ているような錯覚は,
震災で歪んだ路面の段差に乗り上げた瞬間,
走っている実感で心は満たされ,
溶けて透明なって存在を失った.
意味を求めつづけ,さまよえる心は,
実はとても単純なことで足元の羅針盤に
気付くことができるんじゃないかと私は思いながら
完全の下り坂のカーブに差し掛かっているのを見て
現実とダブった気がして一人苦笑いした.
時速100キロで滑るように走る車の中で
自分が止まっていて,フロントガラスに
投影された風景だけが動いているのを
眺めているような錯覚に陥った.
時速100キロという高速で移動しているのに,
体に加速度を受けなければ,
静止しているのと区別できないことを思ったとたん,
私の思考は,自動的に別のことへ移ろった.
変化のない漫然とした生活を送る者がいたとしたら,
果たして生きていると知覚できているのだろうか.
変化のない生活は,まるで等速直線運動のように
静止した状態との区別を難しくするに違いない.
「生きているのか死んでいるのか?」
「生きている意味はなんだろうか?」
時速100キロで滑るように走る車の中で,
静止した車に乗り,映画を見ているような錯覚は,
震災で歪んだ路面の段差に乗り上げた瞬間,
走っている実感で心は満たされ,
溶けて透明なって存在を失った.
意味を求めつづけ,さまよえる心は,
実はとても単純なことで足元の羅針盤に
気付くことができるんじゃないかと私は思いながら
完全の下り坂のカーブに差し掛かっているのを見て
現実とダブった気がして一人苦笑いした.
2011年11月1日火曜日
堂々巡り
もう11月かとため息が思わず出てしまった.
確かに空気は,冷たくなって上着が必要なった.
庭のドウダンツツジは,去年よりも赤く染まった.
7月から書き始めた日記帳の1ヶ月前,
2ヶ月前,3ヶ月前と振り返ってみると,
あっという間に過ぎ去ったような時間は,
それなりの厚みを持っていることを知る.
この11月の1ヶ月間もまた,
矢のように過ぎ去ることだろうが
今,予想もしない事が起こる1ヶ月になるのかも知れないし
何事もない普通の1ヶ月かも知れない.
平穏無事を願った今年の正月に,
たとえ今年あった出来事や状況を夢に見たとしても,そ
れが現実の未来だと信じることができただろうか.
今ものすごい勢いで世の中がマイナスの渦に
引きこまれて,奈落のそこへ落ちていくような
状態にあるように思えてならない.
磁石が引き合い距離が短くなるほど
ますます,力強く引きあうように
状況は,どんどん悪い方へ加速度的に
引き寄せられていくのではないか
などと,悲観的に考える一方で,
なんとかなると楽観的になる自分もいる.
優れた人達が切磋琢磨する日本が,
必ず再起動すると信じている自分がいる.
結局は,中途半端な知識による不安と
根拠のない安心感のバランスで
私は精神の安定を保っているのか.
そして,考えの息つく先が全て無意味に感じる時,
虚無感が私を絡めとる.
生きる意味を失いかねないブラックホール.
痛みの感覚が与えられたのは,
希望を失いかけた時でも
生き続けられるようにだろうか.
その痛みを知る時,生きる道を諦めた
罰を与えられたということか.
だんだんと考えるのがめんどくさくなって,
肥えた腹は,グーと鳴り,
食欲に私は命ぜられ,だるい体を持ち上げる.
生きる喜びとは欲を満たすことだろうか.
人と動物の違いについて考えると
私は果たして人といえるのか疑問にも思えてきて
そうなると,もう笑うしか無い.
そして幼い息子や娘をみるとき,
生きる意味が意味の解釈を経ずに
私に力を与え,朝の夜明けに,
再び起き上がる力を与えてくれるのだ.
確かに空気は,冷たくなって上着が必要なった.
庭のドウダンツツジは,去年よりも赤く染まった.
7月から書き始めた日記帳の1ヶ月前,
2ヶ月前,3ヶ月前と振り返ってみると,
あっという間に過ぎ去ったような時間は,
それなりの厚みを持っていることを知る.
この11月の1ヶ月間もまた,
矢のように過ぎ去ることだろうが
今,予想もしない事が起こる1ヶ月になるのかも知れないし
何事もない普通の1ヶ月かも知れない.
平穏無事を願った今年の正月に,
たとえ今年あった出来事や状況を夢に見たとしても,そ
れが現実の未来だと信じることができただろうか.
今ものすごい勢いで世の中がマイナスの渦に
引きこまれて,奈落のそこへ落ちていくような
状態にあるように思えてならない.
磁石が引き合い距離が短くなるほど
ますます,力強く引きあうように
状況は,どんどん悪い方へ加速度的に
引き寄せられていくのではないか
などと,悲観的に考える一方で,
なんとかなると楽観的になる自分もいる.
優れた人達が切磋琢磨する日本が,
必ず再起動すると信じている自分がいる.
結局は,中途半端な知識による不安と
根拠のない安心感のバランスで
私は精神の安定を保っているのか.
そして,考えの息つく先が全て無意味に感じる時,
虚無感が私を絡めとる.
生きる意味を失いかねないブラックホール.
痛みの感覚が与えられたのは,
希望を失いかけた時でも
生き続けられるようにだろうか.
その痛みを知る時,生きる道を諦めた
罰を与えられたということか.
だんだんと考えるのがめんどくさくなって,
肥えた腹は,グーと鳴り,
食欲に私は命ぜられ,だるい体を持ち上げる.
生きる喜びとは欲を満たすことだろうか.
人と動物の違いについて考えると
私は果たして人といえるのか疑問にも思えてきて
そうなると,もう笑うしか無い.
そして幼い息子や娘をみるとき,
生きる意味が意味の解釈を経ずに
私に力を与え,朝の夜明けに,
再び起き上がる力を与えてくれるのだ.
2011年10月31日月曜日
鳥肌の立つ場所
3ヶ月前から手書きで日記をつけるようになってから,
自宅でパソコンに向かう時間が惜しくなるようになってしまい
ただでさえ更新が滞りがちなブログの文章は,
ますますほったらかしが続いていたのだけれど,
久しぶりにキーボードで文章を書いてみたい気持ちが湧いてきた.
しかし,日曜日の23時35分という微妙な時間に書き始めた文章は,
導入部分で既に躓いている状況で,
しまいにはどうでもいいような気になって
途中で投げ出してしまいそう.
これをあなたが読んでいるということは,
そんな事が心に湧き怒りながらも,なんとかめげずに,
読んでもためにならない,書いても見返りもないこの文章を
私がなんとか書き終えたということを意味しているのです.
今日は,夜になってから雨が降ったのか,外からは
雨だれの音がボツボツとこだまして低い音が響いており,
途切れなく続くその音は聞く耳を休ませることを許してくれません.
温かい家の中にいて外の雨だれを聞くことは,
外の寒さを想像する余裕を私に与え,
幸せを感じさせてくれる瞬間でもあります.
今日は,鳥肌がたつ経験をしました.
大げさかもしれませんが身の毛もよだつという表現が私にはぴったりきます.
別に怪物を見たとか何か恐ろしいものを見たという事ではないのですが,
何かの存在を私は感じました.
37年間生きてきて記憶にあるかぎりあまり経験のないことです.
このことについて書いてみましょう.
週末に私はドライブへ田沢湖まで出かけることがよくあります.
私の住んでいる盛岡近郊から田沢湖までは車で1時間程度で行くことができ,
風景も綺麗でドライブにはちょうどいい場所です.
私がよく出かけるのは田沢湖の南側にある「秋田県民の森」か,
あるいは西側にある「かたまえ山森林公園」,
東側の田沢湖高原の温泉地あたりです.
特に県民の森とかたまえ山森林公園は共に少し小高い場所にあって
田沢湖を一望できる散歩にはもってこいの場所です.
かたまえ山森林公園には滑り台などの遊具もあり,
いつ行っても空いているので,3歳と6歳の子供たちがいる
私たち家族にとってお気に入りの場所の1つとなっています.
今日も田沢湖に私たち家族は出かけていたわけですが,
たまには違うところへいってみようということで,
田沢湖の北側にある,鏡石に行ってみることにしました.
田沢湖の周囲には湖岸を取り囲むように道路があって,
車で湖の全周へアクセスできます.
今は紅葉の時期で田沢湖周辺を走る車がいつもより多いようでした.
何度も田沢湖には出かけているのに,
この「鏡石」という場所は,まったく行ったことがありませんでした.
鏡石入り口にあるドライブインを兼ねたおみやげ屋さんの駐車場に
車を停めて,矢印の案内に従って私たち家族は歩き始めました.
駐車場から鏡石までは,300mm程度の距離があって,
後半200mは,急な上り坂となっていました.
上り坂には丸太が埋め込まれた階段が作られていて,整備されています.
登る途中,3組の家族とすれ違いましたが,
私たちと同じタイミングで登る人達はおらず,
麓のドライブインにいた観光客の数とは対照的に
寂しい雰囲気の参道でした.
上り坂100mほど行ったところに「願橋」という木製の橋があり,
切り立った崖をつないでいました.
ふと見上げると「かなえる岩」という立て看板表示がついた巨石が
今にも落ちてきそうな格好でこちらを覗いていました.
6歳になる息子が走って願橋を渡ろうとしたのをたしなめた時,
橋の手すりを見るとたくさんの願いことが書き込みされてありました.
きっと地元の民間信仰みたいなものがあるのでしょう.
家族の病気が回復するようにとか試験に受かりますようにとか
ところ狭しとマジックやボールペンで書きこまれていました.
願橋から更に100mの急な上り坂を,3歳になる娘を抱えながら,
私たち家族は散歩を楽しんていました.
息子も階段の脇にどんぐりを見つけては,これは大きいだとか
あれは虫が食べた穴があるとか言いながら集めていました.
残り100mの坂は中間地点にちょっとした踊り場みたいな
場所があってそこから少し「く」の字に曲がっていて,
前半50m以下の地点からは直接上が見えないようになっていました.
その踊場について一息つく間もなく上を見上げると,
なんだか私は違和感を覚えていました.
うまく言葉では言い表せませんが,薄気味悪いと言うかなんというか.
しかし,急な坂を途中まで登ってきた労苦を思うと,
どうしても達成感を得たいという意識が働き,
不安な気持ちは,直ぐに薄らいでしまい,そのまま私たちは上りました.
上り坂の「終着点」は,木製の展望台のような作りになっていて,
45度くらいの階段が15段くらいありました.
階段を登りきって私の視線に入ったのは.お金でした.
展望台の手すりは,木の丸太で作られているのですが,
割れた隙間にはビッシリと5円とか1円硬貨が差し込んであって,
手すりには触れられない状態でした.
その手すりを支える柱の部分には所狭しと願いことが書きこまれています.
願橋にあった願い事よりもより多くのことが小さな字で書きこまれていました.
癌が治りますようにという言葉がいくつも目に止まりました.
死期を悟った人が家族への思いをかたどったであろう言葉もありました.
そこから20m程度はなれた断崖に「鏡石」はありました.
すこし風化したしめ縄がとりつけられており,石の表面は
苔で覆われているのが見えました.
私は特に感慨もなく,今度は登ってきた坂道を下る労苦を思って
うんざりした気分になっていました.
3m四方程度の展望台のようなスペースには,
私たち家族しかいなくて登ってくる人達もいません.
6歳の息子が早く帰ろうというので,一休みもそこそこに
展望台の階段を下り始めました.
すると,私の後ろから何かの気配を感じるのです.
はじめはその気配も気のせいだと思っていましたが,
今度はだんだん,体の表面がゾクゾクとして鳥肌がたってきます.
私は3歳の娘の抱っこしながら階段を一歩づつゆっくりと
下っていきますが,背後の存在感の大きさに耐えかねては,
振り返って後ろを見つめました.
しかし,なにも居ません.
ところが何も見えませんが,何かがそこに存在する気配を感じるのです.
振り返って見たときに見えない存在は,隠れることもせずその場所から
こちらを伺っているそんな具合です.
気持ち悪さを一人でやりすごすことができなくて
私は横を歩くかみさんに話しかけました.
「誰か居るような気がしたけど気のせいだよな」と.
カミサンは,そっと囁くように「私はさっきから鳥肌が立ってる」と
言うではありませんか.
「きっとこういうふうに祀ってあって,入り口にも鳥居があったのも
理由があるんじゃない」と続けて言いました.
その間も私は,私達に近づいてくるような背後の気配を背に,
何度も振り返っては何も見えないことを確認することを繰り返しました.
50m下った「く」の字の踊り場地点に降りてきたら,
急に気配は消えました.
何かを見たわけでもないのに,私に存在するという
感覚をもたらした情報は一体何だったのでしょう.
少なくともあの場所は,自分にとって容易に近づけない場所になりました.
行ったことのある人で似たような経験をした人はいるのでしょうか.
では,おやすみなさい
自宅でパソコンに向かう時間が惜しくなるようになってしまい
ただでさえ更新が滞りがちなブログの文章は,
ますますほったらかしが続いていたのだけれど,
久しぶりにキーボードで文章を書いてみたい気持ちが湧いてきた.
しかし,日曜日の23時35分という微妙な時間に書き始めた文章は,
導入部分で既に躓いている状況で,
しまいにはどうでもいいような気になって
途中で投げ出してしまいそう.
これをあなたが読んでいるということは,
そんな事が心に湧き怒りながらも,なんとかめげずに,
読んでもためにならない,書いても見返りもないこの文章を
私がなんとか書き終えたということを意味しているのです.
今日は,夜になってから雨が降ったのか,外からは
雨だれの音がボツボツとこだまして低い音が響いており,
途切れなく続くその音は聞く耳を休ませることを許してくれません.
温かい家の中にいて外の雨だれを聞くことは,
外の寒さを想像する余裕を私に与え,
幸せを感じさせてくれる瞬間でもあります.
今日は,鳥肌がたつ経験をしました.
大げさかもしれませんが身の毛もよだつという表現が私にはぴったりきます.
別に怪物を見たとか何か恐ろしいものを見たという事ではないのですが,
何かの存在を私は感じました.
37年間生きてきて記憶にあるかぎりあまり経験のないことです.
このことについて書いてみましょう.
週末に私はドライブへ田沢湖まで出かけることがよくあります.
私の住んでいる盛岡近郊から田沢湖までは車で1時間程度で行くことができ,
風景も綺麗でドライブにはちょうどいい場所です.
私がよく出かけるのは田沢湖の南側にある「秋田県民の森」か,
あるいは西側にある「かたまえ山森林公園」,
東側の田沢湖高原の温泉地あたりです.
特に県民の森とかたまえ山森林公園は共に少し小高い場所にあって
田沢湖を一望できる散歩にはもってこいの場所です.
かたまえ山森林公園には滑り台などの遊具もあり,
いつ行っても空いているので,3歳と6歳の子供たちがいる
私たち家族にとってお気に入りの場所の1つとなっています.
今日も田沢湖に私たち家族は出かけていたわけですが,
たまには違うところへいってみようということで,
田沢湖の北側にある,鏡石に行ってみることにしました.
田沢湖の周囲には湖岸を取り囲むように道路があって,
車で湖の全周へアクセスできます.
今は紅葉の時期で田沢湖周辺を走る車がいつもより多いようでした.
何度も田沢湖には出かけているのに,
この「鏡石」という場所は,まったく行ったことがありませんでした.
鏡石入り口にあるドライブインを兼ねたおみやげ屋さんの駐車場に
車を停めて,矢印の案内に従って私たち家族は歩き始めました.
駐車場から鏡石までは,300mm程度の距離があって,
後半200mは,急な上り坂となっていました.
上り坂には丸太が埋め込まれた階段が作られていて,整備されています.
登る途中,3組の家族とすれ違いましたが,
私たちと同じタイミングで登る人達はおらず,
麓のドライブインにいた観光客の数とは対照的に
寂しい雰囲気の参道でした.
上り坂100mほど行ったところに「願橋」という木製の橋があり,
切り立った崖をつないでいました.
ふと見上げると「かなえる岩」という立て看板表示がついた巨石が
今にも落ちてきそうな格好でこちらを覗いていました.
6歳になる息子が走って願橋を渡ろうとしたのをたしなめた時,
橋の手すりを見るとたくさんの願いことが書き込みされてありました.
きっと地元の民間信仰みたいなものがあるのでしょう.
家族の病気が回復するようにとか試験に受かりますようにとか
ところ狭しとマジックやボールペンで書きこまれていました.
願橋から更に100mの急な上り坂を,3歳になる娘を抱えながら,
私たち家族は散歩を楽しんていました.
息子も階段の脇にどんぐりを見つけては,これは大きいだとか
あれは虫が食べた穴があるとか言いながら集めていました.
残り100mの坂は中間地点にちょっとした踊り場みたいな
場所があってそこから少し「く」の字に曲がっていて,
前半50m以下の地点からは直接上が見えないようになっていました.
その踊場について一息つく間もなく上を見上げると,
なんだか私は違和感を覚えていました.
うまく言葉では言い表せませんが,薄気味悪いと言うかなんというか.
しかし,急な坂を途中まで登ってきた労苦を思うと,
どうしても達成感を得たいという意識が働き,
不安な気持ちは,直ぐに薄らいでしまい,そのまま私たちは上りました.
上り坂の「終着点」は,木製の展望台のような作りになっていて,
45度くらいの階段が15段くらいありました.
階段を登りきって私の視線に入ったのは.お金でした.
展望台の手すりは,木の丸太で作られているのですが,
割れた隙間にはビッシリと5円とか1円硬貨が差し込んであって,
手すりには触れられない状態でした.
その手すりを支える柱の部分には所狭しと願いことが書きこまれています.
願橋にあった願い事よりもより多くのことが小さな字で書きこまれていました.
癌が治りますようにという言葉がいくつも目に止まりました.
死期を悟った人が家族への思いをかたどったであろう言葉もありました.
そこから20m程度はなれた断崖に「鏡石」はありました.
すこし風化したしめ縄がとりつけられており,石の表面は
苔で覆われているのが見えました.
私は特に感慨もなく,今度は登ってきた坂道を下る労苦を思って
うんざりした気分になっていました.
3m四方程度の展望台のようなスペースには,
私たち家族しかいなくて登ってくる人達もいません.
6歳の息子が早く帰ろうというので,一休みもそこそこに
展望台の階段を下り始めました.
すると,私の後ろから何かの気配を感じるのです.
はじめはその気配も気のせいだと思っていましたが,
今度はだんだん,体の表面がゾクゾクとして鳥肌がたってきます.
私は3歳の娘の抱っこしながら階段を一歩づつゆっくりと
下っていきますが,背後の存在感の大きさに耐えかねては,
振り返って後ろを見つめました.
しかし,なにも居ません.
ところが何も見えませんが,何かがそこに存在する気配を感じるのです.
振り返って見たときに見えない存在は,隠れることもせずその場所から
こちらを伺っているそんな具合です.
気持ち悪さを一人でやりすごすことができなくて
私は横を歩くかみさんに話しかけました.
「誰か居るような気がしたけど気のせいだよな」と.
カミサンは,そっと囁くように「私はさっきから鳥肌が立ってる」と
言うではありませんか.
「きっとこういうふうに祀ってあって,入り口にも鳥居があったのも
理由があるんじゃない」と続けて言いました.
その間も私は,私達に近づいてくるような背後の気配を背に,
何度も振り返っては何も見えないことを確認することを繰り返しました.
50m下った「く」の字の踊り場地点に降りてきたら,
急に気配は消えました.
何かを見たわけでもないのに,私に存在するという
感覚をもたらした情報は一体何だったのでしょう.
少なくともあの場所は,自分にとって容易に近づけない場所になりました.
行ったことのある人で似たような経験をした人はいるのでしょうか.
では,おやすみなさい
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